新規事業を「簡単」に考える

「新規事業」という言葉には、どこか身構えさせるものがあります。リスクがある。お金もかかる。相応のパワーを注がなければ立ち上がらない。だから、新規事業と聞いただけで、「うちにはまだ早い」「人も予算も足りない」と尻込みしてしまう。そういう反応は、とても自然なものだと思います。
けれども私は、新規事業はもっと「簡単」に考えていいのではないか、と思っています。今回は、その「簡単に考える」とはどういうことかを書いてみたいと思います。
始めること自体は、もう難しくない
まず、前提が変わってきています。
かつて新規事業は、人を増やし、設備を整え、時間をかけて準備するものでした。けれども、AIの活用が進んだいま、少ない人数と低いコストで、とりあえず始めてみることが可能になっています。試作をつくる、調べる、形にする——これまで手が足りずにできなかったことを、AIが肩代わりしてくれるようになりました。
つまり、新規事業を「始めること」のハードルは、確実に下がっています。にもかかわらず、何を新規事業にするかという判断は、依然として人がしなければなりません。そして、多くの人がつまずくのは、まさにこの「何をやるか」を、難しく考えすぎてしまうところにあるように思います。
だからこそ、「簡単に考える」ことが大事になります。そして、この「簡単」には、2つの意味があると考えています。
ひとつめの「簡単」:アイデアを簡単に出す
ひとつめは、アイデアの出し方を簡単にする、ということです。
新規事業のアイデアを考えるとき、よく使われる枠組みに「アンゾフの成長マトリクス」があります。市場(顧客)と製品を、それぞれ「既存」と「新規」に分け、4つの方向で成長を考えるものです。経済産業省の解説でも紹介されている、定番のフレームです。
出典:経済産業省/アンゾフの成長マトリクス
4つの方向とは、既存顧客に既存商品を売る、既存顧客に新商品を出す、新規顧客に既存商品を売る、そして新規顧客に新商品を出す、です。このうち、多くの人が「新規事業」と聞いてイメージするのは、最後の「新規顧客 × 新商品」でしょう。けれども、この新規×新規は、4つのなかで最もリスクが高く、難しい戦略とされています。市場にも製品にも取っかかりがなく、ゼロから両方を立ち上げなければならないからです。
では、どこから考えるのが簡単か。答えは、「既存顧客 × 新商品」です。
すでに付き合いのある顧客は、新たに開拓する必要がありません。新規顧客の開拓には、それだけで多くの時間とコストがかかります。その点、既存顧客なら、相手のことをすでに知っています。だから、こう問うだけでいいのです。「いま付き合いのあるお客さんは、何に困っているだろうか」「何があれば、もっと喜んでくれるだろうか」と。
この問いから出てくる新しいサービスは、相手の課題が見えているぶん、外しにくく、立ち上げやすい。アイデアを、いきなり遠くの新市場に求めるのではなく、目の前の顧客の困りごとから発想する。これが、ひとつめの「簡単」です。
ふたつめの「簡単」:進め方を簡単にする
もうひとつの「簡単」は、進め方に関わるものです。
新規事業というと、緻密な計画書をつくり、その通りに進めるもの、というイメージがあります。けれども、何をやるかが見えてきたら、がちがちに計画を固めてから動くのではなく、ピボット(方向転換)を恐れずに、まずはやってみる。この身軽さこそが、もうひとつの「簡単」です。
前提が変わったぶん、試すコストは下がっています。だとすれば、机上で完璧な計画を練り上げる時間より、小さく出して反応を見て、違えば直す、という回数のほうが効いてきます。新規事業の最初の構想がそのまま当たることは、そもそも稀です。当たらないことを前提に、軽く始めて、軽く直す。そう考えれば、新規事業はぐっと「簡単」になります。
「簡単に考える」ことを阻むもの
ただ、この2つの「簡単」を阻む、大きな壁があります。組織の体質です。
とりわけ、管理を重んじる組織では、この身軽さが生まれにくい傾向があります。失敗が許されず、計画からのズレが責められる文化のなかでは、人はどうしても保守的になります。「外したらどうするのか」「計画と違うじゃないか」という声を恐れて、誰も新しいことを言い出せなくなる。アイデアを簡単に出すことも、軽く試してみることも、できなくなってしまうのです。
ですから、新規事業を簡単に考えられるかどうかは、最後は組織の問題に行き着きます。小さく試すことを許し、方向転換を前向きに受け止める。そういう空気をつくれるかどうか。ここを変えることが、実は新規事業そのものより大事なのかもしれません。
最後に
新規事業は、難しく考えるほど、動けなくなります。リスクを数え上げ、完璧な計画を求め、新市場の開拓を構想しているうちに、結局何も始まらない。そういうケースを、たくさん見てきました。
だからこそ、簡単に考える。アイデアは、目の前の既存顧客の困りごとから出す。進め方は、がちがちに固めず、ピボットを恐れずまず試す。そして、それを許す組織の空気をつくる。
始めること自体のハードルは、もう下がっています。あとは、私たちが新規事業を、どれだけ肩の力を抜いて「簡単」に捉えられるか。その一点に、最初の一歩がかかっているのではないでしょうか。