事業を始めるのと同じくらい大切なこと

新規事業の話というと、たいていは「どう始めるか」に集まります。どんなアイデアで、どう立ち上げ、どう伸ばすか。けれども、その裏側にある、あるテーマが語られることは驚くほど少ない。それは、「どうやめるか」です。
今回は、事業を始めることと同じくらい——あるいはそれ以上に——大切な、「やめ方の設計」について書いてみたいと思います。
なぜ、新規事業は引くに引けなくなるのか
まず、ひとつの問いから始めます。なぜ、うまくいっていない事業を、人はなかなかやめられないのでしょうか。
理由は、はっきりしています。手間も予算も、すでにかけてしまっているからです。これだけ投資したのだから、いまさら引けない。次の一手こそ当たるかもしれない。そう考えているうちに、ずるずると続けてしまう。サイバーエージェントの藤田晋氏も、かつて、次こそ当たると思い、ギャンブル中毒者のように撤退を先送りにしがちだと語っています。
出典:サイバーエージェント 藤田晋氏
これは、意志が弱いからではありません。人間は、かけたコストが大きいほど、そこから降りるのが難しくなる。そういうものなのだと思います。だからこそ、感情で判断できなくなる前に、仕組みで備えておく必要があります。
だから、「やめる基準」を始める前に決めておく
その備えとは、いつ引くのか、どうなったら止めるのかを、始める前に決めておくことです。
熱量が高く、サンクコストも小さい段階でこそ、冷静に「これを満たせなければ撤退する」というラインを引いておける。走り出してからでは、もう冷静には決められません。やめ方を先に設計しておくこと。これが、始めることと対になる、もうひとつの大事な仕事です。
事例:サイバーエージェントのステージゲート
この「やめ方の設計」を、仕組みとして持っている会社があります。サイバーエージェントです。
同社は、新規事業を段階的に管理する制度を持っています。事業を営業利益でランク分けし、段階ごとに基準を設けて、それを超えられなければ撤退する、という仕組みです。具体的な基準として、リリース後4か月でコミュニティなら月間300万PV、ゲームなら月間売上1000万円に届かなければ撤退、といったラインが知られています。事業が段階(ステージ)の関門(ゲート)を通過できるかどうかで、続行か撤退かを判断していく。いわゆるステージゲートの考え方です。
出典:サイバーエージェント
ステージゲートは「目標」ではなく「最低ライン」で引く
ここで大事なのは、このゲートの引き方です。
ステージゲートのラインは、達成したい目標(KPI)ではありません。それを下回ったら撤退する、という最低ラインです。ここを取り違えないことが、肝になります。
つまり、新規事業を始めるときには、2つの数字を決めておく必要があります。ひとつは「ここを目指す」という目標。もうひとつは「ここを割ったらやめる」という最低ライン。この両方をセットで定めておくのです。目標だけを掲げて走り出すと、未達のときに「もう少し頑張れば」の余地が無限に生まれ、結局やめられなくなります。最低ラインがあって初めて、撤退は感情ではなく約束事になります。
共通の物差しがあると、かえって進めやすい
撤退ラインを決めると、現場が萎縮するのではないか、と思われるかもしれません。けれども、実際は逆です。
期限と最低ゴールが共通の物差しとして共有されていると、事業を運営する側は、「いつまでに、最低どこまで到達すればいいか」を理解して動けます。ゴールが見えているからこそ、迷いなく走れる。逆に、撤退基準が曖昧なまま「とにかく頑張れ」と言われるほうが、何を目指せばいいか分からず、かえって動きにくいものです。明確なラインは、縛りであると同時に、進むための地図にもなります。
撤退したとき、誰を責めるか
そして、もうひとつ。これが最も大切かもしれません。撤退が決まったとき、誰を責めるか、という問題です。
ここで担当者を責めてしまうと、組織は二度と挑戦しなくなります。失敗が罰せられるなら、誰も新しいことに手を挙げなくなる。ですから、撤退になったときに反省すべきは、現場の担当者ではなく、その計画を承認した経営側であるべきだと思います。「なぜこの計画を通したのか」「見立てのどこが甘かったのか」を、承認した側が引き受ける。
この姿勢があるからこそ、決められたラインで潔く撤退でき、しかも担当者は次の挑戦に向かえます。撤退基準とは、現場を断罪するための道具ではなく、安心して挑ませるための約束なのです。
最後に
事業を始めることに、私たちは多くのエネルギーを注ぎます。けれど、同じくらいの真剣さで、やめ方を設計している人は、そう多くありません。
目標と、最低ラインを、始める前に決めておく。その共通の物差しのもとで、運営者は迷いなく走り、もし届かなければ潔く引く。そして撤退になっても、担当者を責めず、承認した側が学ぶ。この一連の設計があるからこそ、人は思い切って挑めるのだと思います。
やめ方を決めることは、臆病さではありません。むしろ、安心して大胆に挑むための、土台づくりです。始めることと、やめ方を決めること。この2つは、いつもセットで考えておきたいと思います。