人材のポテンシャルを引き出すために

「Will - Can - Must」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。リクルートが社員の主体的なキャリア形成を促すために導入した目標管理手法が起源で、いまは多くの企業の人材育成や1on1で活用されているフレームワークです。今回は、このWill-Can-Mustを手がかりに、人材のポテンシャルをどう引き出すかを考えてみたいと思います。
出典:リクルート
Will-Can-Mustとは何か
まず、3つの要素を確認します。Will は「やりたいこと」、Can は「できること」、Must は「やるべきこと・求められていること」です。
たとえば、マーケティングの仕事に就きたい(Will)人がいたとして、その部署が求めるスキル(Can)を持っていなければ、かみ合いません。逆に、高いスキル(Can)を持ち、部門の目標(Must)に貢献できていても、本人のやりたいこと(Will)が別にあれば、いずれ気持ちは離れていきます。この3つを整理することで、個人のパフォーマンスと組織の目標を両立させよう、という考え方です。
3つの「重なり」が理想とされてきた
Will-Can-Mustは、よく3つの輪の重なりとして説明されます。やりたいこと、できること、求められていること——この3つの輪が重なり合った中心部分でこそ、最高のパフォーマンスが発揮されるとされます。やりたくて、できて、求められている。その三拍子がそろった部分が理想だ、というわけです。
ここまでは、よく知られた説明です。けれども、ひとつ問いを立ててみたいのです。「重なりが大きいほど良い」のだとしたら、それを突き詰めると、最終的にどうなるのでしょうか。
重なりを突き詰めると、3つは「入れ子」になる
3つの輪の重なりをどんどん大きくしていくと、やがてそれらは、ただ部分的に交わるのではなく、片方がもう片方をすっぽり包み込む関係に近づいていきます。重なりが最大になった状態とは、小さなものが大きなものの内側に完全に収まっている、入れ子の状態です。
では、何が一番外側で、何が一番内側にあるべきなのか。私は、こう考えています。一番大きく外側に広がるのが Will。その内側に Must が収まり、さらにその中に Can がある。Will が Must を包み、Must が Can を包む、という入れ子の関係です。
なぜこの順番なのか。ここに、人材のポテンシャルを引き出す鍵があると思います。
一番大事なのは、Will を大きく描かせること
一番外側に広がるのが Will である、ということ。これは、「その人がこの組織で何を成し得たいか」を、できるだけ大きく描かせることが最も大事だ、という意味です。
Will が小さくしぼんでいる人は、どうしても目の前の Must に視野が縛られます。逆に、Will が大きく広がっている人は、その大きな器の中に、組織から求められる役割をいくらでも引き受けられます。だからまず、本人の「成し得たいこと」を、本人自身に大きく語らせること。ここがすべての出発点になります。
Will の中に Must をはめ、業績を出させるのが上長の仕事
次に、その大きな Will の中に、組織のミッション(Must)をはめ込んでいきます。これが、上長の役割です。
本人の「やりたいこと」という大きな広がりの内側に、「組織が求めること」を位置づけられたとき、Must はもう、押しつけられた義務ではなくなります。「自分の成し得たいことの一部」として引き受けられるようになります。本人が何を実現したいかを上司とすり合わせ、その上で何をすべきかを決めていくという手順が大切にされるのも、この順番だからこそ意味を持つのだと思います。Will の外に Must を置けば反発になり、Will の内に置けば推進力になる。同じ Must でも、置き場所で力が逆向きになります。
Can は、本気度が高まれば自然に伸びる
そして、一番内側にあるのが Can です。Can をあえて中心に置いているのには、理由があります。
Can は、最初から大きくある必要はありません。むしろ、Will の本気度が高まれば、Can は後から自然に伸びていくものだからです。「これを本気で成し遂げたい」という思いが強い人は、その実現のために、誰に言われなくても主体的に学びます。足りないスキルを、自分から取りにいきます。一方的なトップダウンの目標設定では、社員のモチベーションが低下し、納得感が得られにくいとされるのも、Can を外から無理に伸ばそうとしても続かないことの裏返しでしょう。Can は、命じて伸ばすものではなく、Will が引っぱって伸ばすものなのです。
逆に、本気でない Will を放置するとどうなるか
ここで、反対の状況も考えておきます。本人が「成し得たいこと」を口では語るものの、それが本気ではない、という状態です。
このコミットが言葉だけで、本気が伴っていない状態を放置すると、何が起きるか。Will は大きくならず、したがって Can も伸びません。両方がしぼんだまま、上長との対話は、いつのまにか Must の話ばかりになっていきます。「あれはやったか」「これはいつまでにできるか」。やるべきことの進捗確認だけが続く関係です。
これは、3つのうち Must だけしか見ていない状態です。本人も上長も、目の前の義務だけを見つめ、成し得たいことには触れない。こうなると、人のポテンシャルは引き出されるどころか、年々縮んでいってしまいます。
最後に
人材のポテンシャルを引き出すとは、Can を外から鍛え上げることではないのだと思います。まず、その人が「この組織で何を成し得たいか」という Will を、できるだけ大きく描かせること。その大きな Will の中に組織の Must をはめ込み、業績へとつなげること。そして何より、その「成し得たい」の本気度を高めること。
本気の Will さえ大きく育てば、Must はその中に収まり、Can は後から伸びてきます。逆に、Will を本気にできないまま放置すれば、すべては Must だけの会話に痩せていきます。
部下のポテンシャルが引き出せないと感じたとき、問うべきはおそらく、本人の能力ではありません。その人の「成し得たいこと」を、私たちはどれだけ大きく、どれだけ本気で描かせられているか。そこにこそ、鍵があるのではないでしょうか。