起業支援

個人事業主と法人化、どちらを選ぶべきか

事業を始めるとき、あるいは事業が育ってきたとき、多くの方がぶつかる問いがあります。個人事業主のままでいくか、法人化するか、というものです。

この問いは、たいてい「損か得か」で語られます。そして結論から言ってしまえば、損得やリスク、自由といった物差しで測る限り、答えはかなりはっきりしています。今回は、まずその答えを誠実に確認したうえで、それでも残る「もうひとつの問い」について考えてみたいと思います。

合理で考えれば、答えはほぼ出ている

最初に、損得を並べてみます。

税金の面では、個人事業主の所得税は累進課税で、所得税率は5%から最大45%まで上がり、住民税の約10%が加わります。法人の実効税率は概ね25〜33%程度に収まるため、所得が一定を超えれば法人が有利になります。とはいえ、その分かれ目は利益が年間800万円を超えてきたあたりとされ、そこに届くまでは個人のほうが軽いことになります。

コストも見てみます。法人をつくるには、株式会社で約20〜30万円、合同会社で約10〜20万円の設立費用がかかります。設立後も、赤字であっても法人住民税の均等割を支払わなければならず、社会保険の加入も原則として義務になります。会計や事務の負担も増えます。

リスクと自由はどうでしょう。個人事業主はいつでも事業をたためますし、自分の裁量で身軽に動けます。法人はそうはいきません。一度背負ったものは、簡単には下ろせなくなります。

こうして並べると、結論はほぼ見えています。事業を大きく広げるつもりがないのなら、無理に法人化する必要はない。損得でもリスクでも自由でも、個人事業主、あるいは一人法人にとどまるほうが、合理的なのです。

では、その合理に従えばいいのか

ここまでは、おそらく多くの解説と同じ結論です。そして、この合理はまったく正しいと思います。

ただ、ひとつだけ立ち止まってみたいのです。その「合理的な選択」は、いつのまにか別のものにすり替わっていないでしょうか。

たとえば「拡大するつもりがないから法人化しない」。これは合理的な判断です。けれども、ときどき順番が逆になっていることがあります。本当は広げたい気持ちがあるのに、コストや手間やリスクを並べて、「だから今のままでいい」と自分を納得させている。合理が、挑戦しないための言い訳に、静かにすり替わっている。そういうことが、起こりうるように思うのです。

私たちは、個人事業主のまま事業を続けることを否定しているのではありません。自分の手の届く範囲で、納得のいく仕事を、自分のペースで届けていく。これはとても豊かな選択です。問題は、選択そのものではなく、その選択が「思い」から来ているのか、それとも「合理という名の躊躇」から来ているのか、という点にあります。

法人という器が、本来できること

ここで、価値判断をいったん抜きにして、ひとつの事実だけを確認します。

法人という器は、もともと、一人では届けきれない規模で事業を社会に広げていくための仕組みです。人を雇い、その人たちの力を借り、自分一人の手では届かなかった場所まで、サービスを運んでいく。そのための器です。

ですので、「法人をつくったのに、動き方は一人のままで個人事業主と変わらない」という状態は、悪いわけではないにせよ、その器が本来持っている力を、まだ使い切っていない状態だともいえます。

一人で始めた人が、人を巻き込んでいくとき

具体的に、ある動き方を思い浮かべてみます。

最初は一人で始めた事業があるとします。損得だけで言えば、その人はずっと一人でやっていくのがいちばん身軽で、いちばんリスクが低い。けれど、続けるうちに「この価値を、もっと多くの人に届けたい」という思いが膨らんでくる。一人の手では、どうしても届く範囲に限りがあるからです。

そこで、その人は仲間を迎えます。最初は心細い決断です。人件費という固定費が生まれ、自由は減り、背負うものは確実に増えます。合理だけで見れば、明らかに損をする選択です。

けれども、人が増えたことで、これまで断っていた仕事を受けられるようになる。自分にはなかった視点が加わり、サービスの質が上がる。何より、同じ思いを持った人たちと事業を進めていく手応えは、一人のときには味わえなかったものになります。背負うものが増えた分だけ、その事業は、自分一人の夢から、みんなの夢へと姿を変えていきます。

これは、損得の計算からは出てこない道です。合理を一度脇に置き、「どれだけ届けたいか」という思いを物差しにしたときに、はじめて見えてくる選択なのだと思います。

最後に:あなたの思いは、その器に収まる大きさですか

個人事業主か、法人か。損得で選ぶなら、答えはもう出ています。リスクや自由を重んじるなら、なおさら身軽なほうがいい。それは、まぎれもなく正しい判断です。

ですので、無理に法人化をすすめるつもりはありません。ただ、最後にひとつだけ、問いを置いて終わりたいと思います。

あなたがその事業に込めている思いは、いまの器に、本当に収まりきる大きさでしょうか。もし「本当はもっと届けたい」という気持ちがどこかにあるのなら——そしてそれを、コストやリスクを理由に、そっと脇に置いているのだとしたら——一度だけ、合理を外して考えてみてもいいのかもしれません。

器を選ぶのは、そのあとでいいのだと思います。

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